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さるすべり

さるすべり

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1943(昭和18)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,095 字 · 24 页

青空文庫

景綱はぐっと唇をひき結んだ。

「そうか」と云ってうなずき、眼を伏せてしばらく黙っていた。それから思いついたようにふりかえって、兵たちに休息を命じ、治部介を城壁の蔭へとつれていった、「ここへ其許の妻女が来た筈だ」「…………」「来なかったか」治部介はじっと景綱の眼を見た。「城内のようすが知りたい、しかしこのまえ厳しく断わられているので迂濶な者はよこせなかった、そこで思いついたのが妻女だ、女なれば敵の眼もくぐり易く其許もいちがいに突放しはしまい。……ゆくかと申したらまいるという、苦戦のようなら知らせに戻れ、大丈夫なら暫くとどまっているがよい、そううちあわせてよこした。妻女はそれきり戻らぬ、これは大丈夫なのだと思っていた、ここへは来なかったのか」

「まいりました、まいりましたが……」

云いかけて治部介は首をめぐらした。そこからついひとまたぎのところにあの猿滑の樹がある、しかし花はもう終りで、枝のさきに哀れなほどしか残ってはいない、治部介の眼を追ってゆくと、その樹蔭に白木のささやかな墓標の立っているのがみえた。

「死んだか」という景綱の言葉をあとに治部介は墓のそばへあゆみ寄った、――やっぱりそうだったのか。