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さるすべり

さるすべり

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1943(昭和18)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,095 字 · 24 页

青空文庫

一

一

「かねて御推量もございましたろうか、治部少輔(石田三成)こと、上方において挙兵をつかまつり、伏見はすでに落城と申すことでござります」おどろくべき言葉を耳にして、思わず起きあがろうとしたが、あやうく自分のいる位置に気づき、浜田治部介は息をころしてじっとしていた。衝立屏風の向うでは使者がつづけて云う、「急報によって内府(徳川家康)には小山の陣をはらい、江戸へ帰城とあいさだめましたが、こなた少将(伊達政宗)どの御所存はいかがにございましょうや、もっとも御妻子は大阪おもてに質としてござあることゆえ、いちがいにお味方のあいなりがたき次第も、人情しかるべしと内府存じよりにございます」

「中途ながらその御趣意はしばらく」政宗がよくとおるこえで使者の口上をさえぎった、「内府さま御恩顧はまさむね夢寐にも忘れ申さぬ、たとえ妻子を質としこれを焚殺さるるとも、神明に誓って内府さまへのお味方に変心はおざらぬ、この儀はしかと申上げておきます」「お言葉ねんごろには存じまするが、御老臣がたともよくよく御談合あそばされませんでは」「政宗存じよりに反く家来はいちにんもおり申さぬ、御念におよばず内府さま御采配を承りましょう」