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しじみがし

しじみ河岸

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,438 字 · 51 页

青空文庫

「いやなことを云って済まなかった、勘弁してくれ」

律之助は微笑しながら云った。

お絹を牢へ戻し、帯刀に礼を述べてから、律之助は南の役所へ帰った。そうして、卯之吉の検死書(傷の見取図が付いている)をしらべ、それから倉へいって、兇器の短刀をしらべた。それは白鞘の九寸五分で、近くの路上に落ちていたという鞘には、乾いた土がこびり着いていた。中身は血のりがついたままなので、むろん鞘におさめてはなかった。なかごを見るほどの品ではない、しかしどうやら脇差をちぢめたあげものらしい、それが彼の注意をひいた。高価な品ではないが「あげもの」ということが仔細ありげに思われた。

翌日、彼は蜆河岸へいった。

永代橋を渡って深川に入り、上ノ橋から堀ぞいにゆくと、寺町を過ぎて蛤町、冬木町と続いている。蛤町には井伊家の別邸があるが、その地はずれから冬木町へかけて、河岸通りも裏もひどく荒廃した、うらさびれたけしきであった。寺町と蛤町の角に、三棟の土蔵の付いた大きな商家がある、店先の暖簾に「相模屋」と出ているが、これがこの辺一帯の地主であり、家主であり、質両替を営んでいる店だろう。土蔵造りの店のうしろに、住居らしい二階建の家が見え、まわした黒板塀をぬいて、赤松の枝がのびていた。