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しじみがし

しじみ河岸

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,438 字 · 51 页

青空文庫

三

「なぜだ、――」

お絹の緊張した顔に、一瞬、やすらぎと安堵の色があらわれた。それは僅か一瞬のことではあったが、律之助は誤りなく見てとったと思った。

「よし、これも答えなくっていい」と彼は云った、「次にもう一つ――卯之吉が無理を云ったそうだが、どんな無理だか聞かせてくれ」

「それも小森さんの旦那に云いました」

「私が聞きたいんだ」

「口書に書いてあるとおりです」

「自分で云えないのか」と彼が云った、「すると卯之吉は、おまえを手籠にでもしようとしたんだな」

お絹の顔が怒りのために光った。

「誰が、誰がそんなことを云ったんですか」

「手籠にしようとしたのか」

三

お絹は怒りの眼で律之助をにらんだ。

「あの人は」とお絹は吃った、「卯之さんは、そんな人じゃありません、卯之さんは、間違ったってそんなことをする人じゃありません、町内の者なら誰だって知っています、嘘だと思ったら聞いてみて下さい、誰だってみんな知っていることですから」

「わかった、よくわかったよ」

「そんなことを云われたの、初めてです」お絹はまだ云った、「八丁堀の旦那だって、小森さんの旦那だって、そんないやなことは云いませんでしたよ」