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しじみがし
しじみ河岸
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,438 字 · 51 页
四
さあみんな来いと云うと、その子は亀久橋を渡ってとっとと駆けてゆき、ほかの子供たちもそのあとを追っていった。
「悪かったようだな、銭などやって」と律之助が云った、「ほんの礼ごころだったんだが」
女はなにも云わなかった。三人とも黙っていたが、手で触れるほどはっきりと、敵意が感じられた。本能的で、あからさまな敵意だった。
――まずい出だしだ。
彼はそこをはなれた。
蜆河岸は狭い掘割に面して、対岸には武家の別邸とみえる長い塀があり、塀の中には椎やみず楢が、黒く葉の繁った枝をびっしり重ねているので、建物はまったく見えなかった。――道に沿って右側に空き地がある、おそらくそのどこかで兇行がおこなわれたのだろう、律之助はその空き地のほうへ入ろうとした。すると、すぐうしろで声がした。
「おいたん、おいたん」
彼は驚いてとびあがりそうになった。
四
振返ると、そこにあの妙な少年が立っていた。
「ああおまえか」と律之助が云った、「どうした、みんなといったんじゃないのか」
少年は首を振り、固く握っている右手の拳を、彼のほうへ出してみせた。やはり口をあけて涎を垂らしたままだし、眼やにだらけの眼はいかにも愚鈍らしく濁っていた。