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しじみがし

しじみ河岸

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,438 字 · 51 页

青空文庫

娘は片方の頬で微笑した。それは明らかに当惑をそらす微笑であった。

「答えなくってもいいよ」と彼は云った、「次に、おまえは娘の腕で親と弟をやしなって来た、親は寝たっきりだし、弟は白痴だという」

「ちがいます、直は馬鹿じゃありません」お絹は屹となった、「七つのとき蜆河岸で頭を打って、その傷が打身になっているだけです。それが治ればちゃんとした人間になるんです、直は決して馬鹿なんかじゃありません」

「それは悪かった、あやまるよ」

お絹は眼をみはった。与力の旦那に「あやまる」などと云われて、よっぽどびっくりしたのだろう、眼をみはると同時に口があいて、白くて粒のこまかいきれいな歯が見えた。

「白痴と云われても怒るほど、弟おもいなんだな」と律之助は云った、「しかしそれならなおのこと、寝たきりの親や、そういう弟のことを考える筈だ、もしおまえが死罪にでもなるとしたら、あとで二人はどうなると思う」

お絹は答えなかった。

「二人のことは構わないのか」

「それはいいんです」とお絹は云った、「だってもう、あたしはこんなことになってしまったんですから」

「二人が乞食になってもか」

「乞食なんかになりゃしません」