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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
「どうしたんだ」と隼人はあやに云った。
「正内のおじいさんから聞いて」とあやはまだ肩で息をしながら云った、「心配でしようがないから見に来ましたの、そうしたらあの人たちに会ったので、ここへ伴れて来てもらったんです」
隼人が頷くと、岡村七郎兵衛がつっけんどんに「下に誰かいなくていいのですか」と訊いた。
「下にいても手伝いはできないんだ」と隼人は静かに答えた、「みんなで綱にかかってくれ、岡村は昨日のように合図役だ」
それからあやに云った、「見るなら温和しくしておいで、いいね」
あやはきまじめな顔でこっくりをした。
鉄梃と槌を肩から吊り、崖の端へいってから股当てを着けた。そして頭巾をかぶり、綱を引きこころみてから、ゆっくりと崖をおり始めた。岩屑が散って来、眼の前にある岩肌が、陽にあたためられて爽やかに匂った。股当てのぐあいはよく、躯に加わる綱の力がずっとやわらげられた。足を岩に踏張りながら、隼人はふと「そうか」と呟いた、「かけはしが落ちたと聞いたとき、こちらから二つめかとすぐ訊き返したのは、老人のうちで寝ているときに、誰か話していたことが記憶に残っていたんだな」