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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
少し隙間があるので、楔を下側に三本打ち込むと、隼人が全身の力を掛けても微動もしなかった。
「どうだ、ちょっとしたものじゃないか」と云って隼人は首を振った、「なんでこうむやみに独り言が出るんだ、まるで老いぼれたやもめ男のようだぞ」
彼はかけはしへ戻り、二本めの支柱を背負った。そのとき岩蔭から、一人の男がとび出して来た。黒い山着のような着物に、黒い頭巾をかぶっていたが、そのけはいを感じて隼人が振返ると、いきなり刀で斬りつけて来た。隼人にはただ黒い姿と、白刃の閃光しか眼にはいらず、綱を掴んですばやく断崖へ跳んだ。空を切る刀の音が二度聞え、隼人の躯は綱に吊られて、振子のように左右へ揺れた。相手の男はかけはしの端へ乗りだし、隼人の躯が揺れ戻って来ると、断崖に垂れている綱を切ろうとした。隼人は支柱を背負っているため、その重みで綱の揺れを止めることができず、男の刀は四たびまで綱に当った。――隼人は「よせ」と叫ぼうとした。そのかけはしは危ない、落ちるぞと叫びたかったが、舌が動かず、声も出なかった。男は逆上したようすで、五たびめにはもっと身を乗りだし、力任せに綱へ向って刀を振った。