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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
すると、その力を支えきれなかったのだろう、端の支柱が折れ、かけはしの端の板が三枚、殆んど音もなく崩れ落ちた。
男はあっと叫んだ。彼の手から刀が飛び、彼は身をおどらせて、いま隼人が打ち込んだばかりの、新しい支柱にとびつき、両手で辛くもしがみついた。――隼人は相手を見まもった。頭巾がずれて、顔の半分があらわに見える。それは西沢半四郎であった。隼人はじっとその顔をみつめてい、西沢は支柱にしがみついたまま、はっ、はっと激しく喘いでいた。
これはあまりに残酷だ。
隼人はそう思った。
――人間がこんなにもみじめに、敗北した姿を曝すということがあるだろうか。
西沢半四郎がそろそろと首を廻して、隼人のほうを見た。彼の顔は恐怖のため仮面のようになり、両眼は瞳孔がひらいているようであった。西沢の口があいて、歯が見えた。白くなった舌が、力なく唇を舐め、ついで、ひしゃげたような声が聞えた。
「――助けて下さい」西沢は隼人の眼をみつめながら、たどたどしい口ぶりで云った、「お願いです、――助けて下さい」
そのとき隼人の眼の色が変った。西沢を見るときにはいつも、木か石ころでも見るような眼つきをしたが、助けてくれと云う声を聞いたとたんに、あの親のない赤児を見るような、やわらかくあたたかい色に変った。