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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

二

の悪そうな表情がうかんだ。

「まだなにかありますか」と隼人が訊いた。

「いや、どうぞ」と斎藤は慌てて会釈した、「お暇をとらせて失礼しました」

二

日の経つにしたがって、家中の人たちは隼人の性格の変ったことに気づいた。彼の少年時代は短気な暴れ者だったし、二十三歳で剣術道場の助教になってからも、稽古ぶりは烈しく容赦のないやりかたで、本心からその道をまなぼうとする者でない限り、とうていついてゆけるものではなかった。教頭の横淵十九郎が彼を自分の後任に推し、柳生家で免許を取るように、江戸へゆく段取をつけたのは、腕の修業よりも、性格の陶冶が目的であったらしい。もしそうだとすれば、僅か一年余日でその目的は達せられたといえるし、むしろ予期以上だったということができるだろう。

――朝田は顔つきまで変った。

家中の人たちはそう評しあうようになった。

道場での稽古ぶりもずっと穏やかになり、上手な者よりも下手な者のほうに時間をかけ、手を取って教えるというふうな、入念なやりかたに変った。するとしぜんに、周囲の事情も少しずつ変化が起こり、以前には敬遠していたような人たちまでが、彼に近づいて来はじめ、道場の門人などをいれると五人から十人くらいの者が、毎晩のように隼人の住居へ集まって来た。