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どぶろくげんそう
どぶろく幻想
豊島 与志雄
「群像」1952(昭和27)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,452 字 · 21 页
切羽つまった羽目なんてものは、人生にはありがちなもので、そして大した意味はない。
周さんが泣くのを、俺はぼんやり見守るきりだった。
「日本人のうちで、ほんとうに心からわたしを愛してくれたのは、千代乃一人です。」
一人あれば充分ではないか。二人も三人もと、慾張っちゃいけない。俺だって、たった一人を求めてきた。
とはいえ、その時俺は、周さんが日本人の俺に向って訴えてるという、微妙な意味合いが分ってきた。同国人同志なら、違った言葉遣いが出て来ただろう。
泣いてる周さんの顔は、窶れて肉が落ちたように見える。それが次第に大きく脹らみ、額や頬に肉が盛り上ってき、眼もかっと見開かれると、怒ってるのだ。
「千代乃を殺したのは、わたしではありません。どぶろくの仕入れ先をわたしは千代乃に隠したが、良心に咎むるところありません。隠すべきを、当然、隠しただけです。貸金の利子を請求したのも、請求すべきを、当然、請求しただけです。ただそれだけのことで、千代乃は死ぬようなことになりました。わたしには訳が分らない。あの尾高たち、街のボスたちの根性が、わたしには分らない。慾張りというだけでなく、卑劣、邪悪です。