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シナーニしょてんのベンチ
シナーニ書店のベンチ
宮本 百合子
「文芸春秋」1928(昭和3)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,387 字 · 15 页
数千のこのような見物に向って、オペラ用の大舞台がそろそろと巨大な幕をひらき、芸術座の演出法で第一場を現した。
――桜の園――然しこれは、何だか居心地わるい桜の園だ。すべてが大きすぎる。ラネフスカヤの家に、オペラの大道具が突立っている。オペラ物らしくぞんざいで、色ばかり塗りたくってある。
経済的理由で、唯一晩の興行に、できる丈間に合わせをやったとしても、相当美しく、情緒を湛えてラネフスカヤがそこに再び母を見、自分の青春を見、涙さえこぼす桜の園が、窓からどんなに見えているかといえば、得たいの分らない、ただの茶色っぽい花模様の書割だとしたら――。築地小劇場ではどんなにそれが朝らしくあったか……桜は白くにおやかで、ラネフスカヤの心持と調和していたか! ロシアの桜は本場の日本の桜と違うというなら馬鹿げた洒落だ。
書割で、我々は絶えず築地へのノスタルジヤを感じ通しであったが、ラネフスカヤは? アーニャは? ロパーヒンは? 彼等はやはりよかった。
ラネフスカヤのまるで無計算な、上品で、真心があって、しんのしんまで暖い性格が、第三幕目では遺憾なく見物の心を捕えた。