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ウィタ・セクスアリス

ヰタ・セクスアリス

森 鴎外

「昴」1909(明治42)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 页

青空文庫

良心の呵責という程のものを覚えない。勿論あんな処へ行くのは、悪い事だと思う。あんな処へ行こうと預期して、自分の家の閾を越えて出掛けることがあろうとは思わない。しかしあんな処へ行き当ったのは為方がないと思う。譬えて見れば、人と喧嘩をするのは悪い事だ。喧嘩をしようと志して、外へ出ることは無い。しかし外へ出ていて、喧嘩をしなければならないようになるかも知れない。それと同じ事だと思う。それから或る不安のようなものが心の底の方に潜んでいる。それは若しや悪い病気になりはすまいかということである。喧嘩をした跡でも、日が立ってから打身の痛み出すことがある。女から病気を受けたら、それどころではない。子孫にまで禍を遺すかも知れないなどとも思って見る。先ず翌日になって感じた心理上の変動は、こんなものであって、思ったよりは微弱であった。そのうえ、丁度空気の受けた波動が、空間の隔たるに従って微かになるように、この心理上の変動も、時間の立つに従って薄らいだ。

それとは反対で、ここに僕の感情的生活に一つの変化が生じて来て、それが日にましはっきりして来た。何だというと、僕はこれまでは、女に対すると、何となく尻籠をして、いく地なく顔が赤くなったり、詞が縺れたりしたものだ。