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いちにんならじ
一人ならじ
山本 周五郎
「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,312 字 · 21 页
晴信は手をあげて指さした、
「壕に架けてあるのは大手に見えるあの一つだけだ、あの架橋を落されてはならぬから、まずそこもとの手で押えてくれ」
「承知つかまつりました」
信勝は待ち兼ねていたとみえ、そう答えるなり物見を下りていった。
この合戦では架橋を確保するかしないかが戦局を左右するやまだ、信勝はそうにらんだので、おのれの陣へ戻るとすぐに高折又七郎を呼んでその旨を告げた。又七郎はにっと微笑して立った。声いっぱいにからからと笑ったように思えたが、誰も笑ったわけではない、立ちあがるとき又七郎の鎧が鳴ったのだ。彼もまたこの役目の重要さを、すばらしくやり甲斐のあるところとみてとったのである。……
手順がきまり、東堂舎人助によって先鋒の兵が選ばれた、このときの兵の組立てはちょうど薤のようなかたちだった。橋を確保すべき先鋒は五十人で、これを三百人の兵が包んでいる。敵陣へ斬り込むと薤がひと皮ずつ剥けるように、外側にいる兵が所在の敵と戦い、これを次ぎ次ぎと移していって、中核にいる先鋒を架橋まで送りこもうというのである。又七郎はみずからその中核の五十人の指揮を買って出た。