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いちにんならじ

一人ならじ

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,312 字 · 21 页

青空文庫

「いいえとは、帰らないということですか」

「はい、……わたくし」と云いかけて娘は屹と面をあげた。「わたくし父に義絶をされてまいりました、この家のほかにまいるところは、ございません」

「義絶……それはまことですか」

「はい……」大助を見あげる娘の眼へ、そのときふつふつと泪が溢れてきた。

「貴方が箕輪の戦に片足をおなくしあそばしましたことは、いろいろ世間のとり沙汰でうかがいました。よくは存じませんけれども、そのとき傍らに恰好の木がございましたそうで、それを楔にかえば足を失わずとも済んだ、ふたしなみだという噂でございます。わたくしそれを聞くたびに、あんまり口惜しくて幾たび泣いたか知れませぬ」

初穂はせきあげてくるものを抑えるように、唇を噛んでぐっと喉を詰まらせた。それから再び面をあげ、忿りと訴えとを籠めた口調で続けた。

「……他人の事はどのようにも申せます、また事の済んだあとなら幾らも手だての思案はつきます。貴方がご自分の足を楔にかったのはふたしなみだったかも知れませんし、そうしなければならなかったかもわかりません。合戦のまっ唯中で、しかも呼吸の間ものがせぬ必至の場合、こうかああかの思案ができましょうか、貴方が片足をおなくしなすったのは、そうしなければならなかったのだとわたくしは存じます。