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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

01 乾雲坤竜の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页

青空文庫

さびしいと見れば、さびしい。

ことばに懐古の調があった。秋夜孤燈、それにつけても思い出すのは……。

十年一むかしという。

秩父の山ふところ、武田の残党として近郷にきこえた豪族のひとりが、あてもない諸国行脚の旅に出でて五十鈴川の流れも清い伊勢の国は度会郡山田の町へたどりついたのは、ちょうど今ごろ、冬近い日のそぼそぼ暮れであった。

外宮の森。

旅人宿の軒行燈に白い手が灯を入れれば……訛りにも趣ある客引きの声。

勢州山田、尾上町といえば目ぬきの大通りである。

弱々しい晩秋の薄陽がやがてむらさきに変わろうとするころおい、その街上なかに一団の人だかりがして、わいわい罵りさわぐ声がいやがうえにも行人の足をとめていた。

往き倒れだ。

こじきの癲癇だ。

よっぱらいだ。

いろんな声が渦をまく中央に、浪人とも修験者とも得体の知れない総髪の男が、山野風雨の旅に汚れきった長半纒のまま、徳利を枕に地に寝そべって、生酔いの本性たがわず、口だけはさかんに泡といっしょに独り講釈をたたいているのだった。酒に舌をとられて、いう言葉ははっきりしないが、それでも徳川の世をのろい葵の紋をこころよしとしない大それた意味あいだけは、むずかしい漢語のあいだから周囲の人々にもくみ取ることができた。