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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

01 乾雲坤竜の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页

青空文庫

誰かがどなるように声をかけるのを、櫛まきお藤はあでやかに笑い返して、またしても白い手が酒へのびる。

「なんとか言ってるよ……主に何とぞつげの櫛、どこを放っつきまわってるんだろうねえ、あの人は。ほんとにじれったいったらありゃしない」

「手放し恐れ入るな。しかしお藤、貴様もしっかりしろよ。あいつ近ごろしけこむ穴ができたらしいから――」

「あれさ、どこに?」

「いけねえ、いけねえ」与吉があわてて両手を振った。

「そう水を向けちゃあいけませんやあねえ。姐御、姐御は苦労人だ。辛気臭くちゃ酒がまずいや、ねえ?」

どッ! と浪のような笑いに座がくずれて、それを機に、一人ふたり帰る者も出てくる。

櫛まきお藤は、美しい顔を酒にほてらせて、男のように胡坐の膝へ両手をつっ張ったまま、頤を引いて、帰って行く人を見上げている。紅い布が半開の牡丹のように畳にこぼれて、油を吸った黄楊の櫛が、貝細工のような耳のうしろに悩ましく光っている風情、散りそめた姥桜にかっと夕映えが照りつけたようで、熟れ切った女のうまみが、はだけた胸元にのぞく膚の色からも、黒襟かけた糸織のなで肩からも、甘いにおいとなって源十郎の鼻をくすぐる。