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たんげさぜん
丹下左膳
林 不忘
01 乾雲坤竜の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页
ひとりごとが源十郎の口を洩れる。同時にかれは、寒さ以外のものを襟頸に感じて慄然とした――物凄いとも言いようのない左膳の剣筋を、そして、狂蛇のようなその一眼を、源十郎は歴然と思いうかべたのだ。が、彼は、たそがれの空を仰いでニッと笑った。
「左膳、何ほどのことやある! 第一、なんて言われても俺の知ったことではない」
と、あとのほうはどうやら弁解のようにモゾモゾ口のなかでつぶやいて源十郎、部屋へはいろうとしたが、考えてみると、もっとふしぎに耐えないのは、あれよというどたん場に際して、あの櫛まきお藤が飛び出したことである。
ふうむ! お藤か……。
味わうようにこの一語を噛みしめたとたんに、源十郎にはすべての経路が見えすいたような気がして、彼は柱にもたれてクルリと背をめぐらしながら、身をずらしてくすりとほほえんだ。と思うと、わっはっはッ! と大きな笑い声が、腹の底から揺りあげてきて、
「お藤か。あッははは、お藤の仕事か――」
と、はてしもなく興に乗じていたが。
やがて。
「おさよ……おさよどの……!」
声をかけて座敷のなかをのぞきこんだとき、そこに老婆のすがたのないのを発見すると、源十郎、ふッと笑いやんで、聞き耳をたてた。