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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

01 乾雲坤竜の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页

青空文庫

死を思う心の軽さ――それは同時に即決をしいてやまない。

きっとあげた弥生の顔を、雨がたたいた。が、彼女はもう泣いていなかった。かすかに開かれた弥生の口から、亡父と栄三郎の名が吐息のごとく洩れ出た……と思うと、履物をぬぐ。チラとあたりを見まわす。手を合わす――。

「お父さま、弥生もおそばへ参ります!」

と一言! 死神の暗翼に抱かれた弥生が、あわやらんかんから身を躍らそうとしたとき! 人生にあっては、百般の偶然事ことごとくこれ必然である。

ことの起こるや、起こるべきいわれがあって起こる……この場合がちょうどそれだったと言ってよかろう。

ときしもあれ、棒鼻をそろえて、突風のごとく橋上を疾駆し去った五梃の山駕籠があった。

筋骨たくましい六尺近いかご舁きが十人、ガッシと腰をおとして足並みゆたかに、踊りのように息杖をふるって、あっというまにあさくさばしを渡り過ぎたのだが!

あとを見ると弥生の姿がない!

さてはついに飛びおりて神田川の藻屑と消えたか!

と言うに。

危い弥生をみとめて、走りざまに陸尺のひとりが片手に掻きこみ、むりやりに駕籠の一つへでも押しこんだものであろう。