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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

01 乾雲坤竜の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页

青空文庫

と、そこへ。

おなじ夜に、旗亭の二階に障子をあけて現われたお艶の芸者すがたが眼にうかぶ。

自分に義理を立てて、さてはあの女は歌妓とまで身をおとしたのか……すまぬ!

こう弥生が、あやうく口に出して独語とうとしたとき、

「オヤオヤ! これあ驚きましたな。ばかに暗いじゃありませんか」

豆太郎が、あんどんに灯を入れて来た。

候かしく

四月。

ころもがえ。

卯の花くたしの雨。

きょうも朝から、簀のような銀糸がいちめんに煙って、籬の茨の花も、ふっくらと匂いかけている。

屋敷横、法恩寺の川はいっぱいの増水で水泡をうかべた濁流が岸のよもぎを洗って、とうとうと流れ紅緒の下駄が片っぽ、浮きつ沈みつしてゆくのが見える。

土手につづく榎の樹。

早い青葉若葉が濡れさがってところどころ陽に七色に光っていた。

あかるい真昼の小雨だ。

はるか裏にひろがるたんぼのなかを、大きな蓑を着た百姓が、何かの苗を山とつんだ田舟を曳いてゆくのが、うごきが遅いので、どうかするととまっているようで、ちょうど案山子のように眺められるのだった。

潮干狩のうわさも過ぎて、やがては初夏のにおいも近い。

遠くの野に帯のような黄色な一すじが、雨に洗われて鮮やかに見えるのは、菜の花であろう……。