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ふたつのにわ

二つの庭

宮本 百合子

「中央公論」1947(昭和22)年1、3~9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,492 字 · 389 页

青空文庫

「きょう、どうかなすったの? 珍しくお早いのね」

「ああ、腹をこわしてね、よるはことわって帰って来てしまったのさ」

「よかったわ」

心から伸子はそういった。泰造が晩飯にいあわすことは月に数えるしかなく、そのときに伸子が来合わすことはさらに稀なことであった。

「お母様は?――お出かけ?」

「客だ」

ぶっきら棒にいって、泰造は手紙を出させるためにベルをおした。

六月の夕暮のうす明りが、出窓のレース越しに、植込みの青葉に残っている。落着いた深紅色の地に唐草模様のついた壁紙がはられた室内には灯がついていて、食器棚の深彫りを浮き立たせ、同時にこの食堂の意味のわからない独特な特徴である雑多な罐や箱のつみかさねを、隅の方で目立たせている。

急に廊下ごしの客室のドアがあいて多計代が出て来た。

「こんにちは」

という伸子に、

「おや」

目を向けたきりで多計代は、

「あなた」

坐っている泰造のむかい側にまわった。

「ちょっとお会いんなって下さい。さっきから申上げているのに」

泰造は返辞をしないで、新しい来信の封を鋏で切っている。その泰造の鼻の穴はふくらんでみえる。伸子は父が癇癪をおこしたことを知った。