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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

「お前は淋しがってるね。」

信子は黙って彼の顔を見返した。

「淋しいだろう。」と彼はまた云った。

「ええ。」と信子は口の中で答えた。それからじっと啓介を見つめながら、前より少し高い声で口早に云った。「早くよくなって下さいな!」

「うむ。長く寝てると僕も淋しい。」

啓介は彼女の方に眼を向けた。そして視線を外らした彼女の横顔を眺めた。

「然し木下君が居ることは、僕にとって大きな力だ。」

信子は黙っていた。

「僕は、」と啓介はまた云った、「木下君が側に居てくれる間は、少しも淋しくないような気がする。お前はそんな気はしない?」

信子は黙っていた。

「例えば、木下君が外に出かけて不在だと、妙に頼りない気分に襲われてくる。然し木下君が戻ってくると、何だか安心したような心持ちになる。病気しない前は、僕の方が年齢も上だし、読んだ書物の数も多かったせいか、何かと云うと木下君は僕によりかかって来た。所がこの頃では、僕の方が向うによりかかってゆきたいような気になっている。……お前もそんな気持になることがあるだろう?」

「ええ。」と信子は答えた。

「木下君が居ないと、お前も妙に淋しい顔をしていることがあるね。