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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

八

待つのです、時期を。岡部君が少しよくなるまで……。」

「よくなったら……!」信子は息をつめて木下の胸に顔を埋めた。

木下は彼女の手を離した。

「余り遅くなると岡部君が苛ら苛らするでしょう。あなたは此処にいらっしゃい。……行ってきます。」

木下が出て行った後を、信子はじっと見送った。そのまま眼をつぶりながら、倒れるように椅子の上に身を落した。長い間身動きもしないでいた。それから俄に悪夢から覚めたように飛び上った。そして急いで病室の方へやって行った。

木下は長くねそべっていた。啓介はしみじみと彼の方を見つめていた。室はいつもの通りに静かだった。信子は黙って炬燵のわきに坐った。そして二人の方を見ないようにして、炬燵の上に顔を伏せた。

八

啓介は夜中にふと眼を覚した。胸が悪くなるような感じのする昏迷の境に長い間※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)いていた、と自ら思った。気がつくと共に、左腕の注射の跡がちくりと痛んだ。室内を見廻した。看護婦が炬燵に居眠りをしていた。信子が向うの隅に寝ていた。電灯の光りが妙に明るかった。水色の絹の覆いを通して、強い光りが室内に重く漲っていた。