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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

二

」と彼は尋ねた。

「ええ、まだですわ。」

「この頃よく写生に出かけるようだね。」

「何でも、非常にいい景色を見付けたとか仰言っていらしたわ。」

二人はそれきり黙っていた――看護婦が湯から戻ってくるまで。

二

木下正治は、絵具箱のカバンを肩にかけ、十五号大のカンヴァスを重そうに左の小脇に抱え、右手を外套のポケットにつっ込んで、首垂れながら、荒凉たる晩冬の野を帰って来た。兎もすると、彼の足は引ずり加減になっていた。自分の製作に対する焦燥と不満とを心の底に押えつけて、じっと考えに耽っていた。自分の製作が何物かに裏切られていると同じように、自分の心も何物かに裏切られてはしないかという、漠然とした不安の念が寄せて来た。然し彼の瞑想は、その何物かの本体を探りあてようとする努力よりも、その何物かを抑えつけようとする努力の方に向いていた。

野の間をぬけて、大きな銀杏の木のある人家の角を曲って、自分の家が向うに見える処まで来ると、彼はふと顔を挙げて思い出したように足を早めた。

家にはいると、丁度信子が其処に顔を出した。彼女の窶れた顔に浮んでいる弱々しい微笑の影を見ると、彼は我知らず安心の情を覚えた。