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ふたつのみち
二つの途
豊島 与志雄
「新小説」1920(大正9)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页
敢然と肯定してはいっていった愛の生活、両親を捨てて家を飛び出した前後の事情、世に隠れて移り住んだ一室、絶えず胸に沸いてきた奮闘の力と信念、それらが……僅かな一撃の下に崩壊してしまった。而もそれは、二人が身を托した友人の手によって為された、自分の半身だと信頼していた彼女の手によって為された。彼は足場を失って無限の深みへ落ちてゆくのを感じた。そして今、陥った無限の底に達すると、何処からともなく仄かな明るみがさして来るのを知った。それは自分が存在してるというかすかな意識だった。彼はその明るみに縋りついた。上に浮び出ると、涙ぐましいばかりの生命の光りが漲っていた。すると、僅かな気分の揺ぎに、その光りがふっと陰っていった。過去の事実が巖として聳えていた。彼はまた無限の暗い深みへ陥っていった。斯くて彼は、先夜死の幻の暗い穴を脳裏に去来さしたように、闇と光りとの間を往来した。然し今投げやり投げ返されるのは彼自身であった。そして、殆んど律動的な残忍な上下動に身を任しているうち、彼は遂に一つのものに辿りついた。それは無限の底に身を落付けることだった。生きるということの光りを見捨てて、ただ存在するという仄かな明るみに、深い闇の底に何処からともなく射してくる明るみに、闇を安住させることだった。