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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

そして彼が最後につき当るものは、あれほどの打撃に小揺ぎもしない岡部と信子との間の繋鎖であった。圏外に投げ出された自分の孤独であった。――木下は窓際にもたれたまま、肩を震わして啜り泣いた。啜り泣きながら苦しい夢幻の境に彷徨していた。画室の扉を開いて、信子が――それとも看護婦だったか――それとも、そんな筈はないが、岡部だったか――誰かがじっと覗き込んだようだった。彼は身動きもしなかった。いつのまにか外は霧が薄らいで、桃色の明るみに変っていた。煖炉の火が消えかかっていた。電灯の消えた室内に、茫とした盲たような明るみがあった。

ふと木下は我に返った。泣いていたことに気付いた。凡ての妄想が消え失せた。彼は云い知れぬ憤激の情に駆られた。呪わしかった。あらゆるものが、自分の身が。そして呪咀の気分の下から、一切を解決したいという焦慮が湧き上ってきた。呪って生きてやれという絶望の念が湧き上ってきた。彼は画室の中を見廻した。壁に掛ってる画面の歪んだのを、一々真直になおした。室の隅のカンヴァスを、大小の順に置き直した。卓子の抽出の中を片付けた。棚の上の書物や道具をきちんと整えた。