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ふたりのもうじん

二人の盲人

平林 初之輔

「祖国 第三巻第一二号」1930(昭和5)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,366 字 · 13 页

青空文庫

三

ひょっとしたら、彼女も彼も、何でもないのかもしれない。藤木も、俺と同じように盲目だ。彼にも、千鶴子の美しさがわかるはずはないのだ。それに、彼の声にも、彼女の声にも、一度だって疑わしいことがあっただろうか? もし何でもなかったとしたら、この俺は、善良な友人と、貞節な妻とに対して、あんな恐ろしい疑いを抱いた、この俺は何という人間だ――だがそんなことは断じてない。彼らは、はかり知れない悪者どもで、巧みに俺の前をつくろっているんだ。――彼の頭には、藤木と千鶴子とが、自分のすぐ前で、淫らな姿態をして、彼を嘲っている様子がまざまざと描かれることがあった。

――だまされるもんかだまされるもんか、彼はほとんど口に出して彼らの前でこう言おうとしたことがあった。

三

それでも証拠は何もなかった。証拠どころか、そんなことを疑う、塵ほどの理由もなかった。しかし証拠や理由のないことは彼の心の焦燥を鎮める何の効果ももたなかった。自分の眼で見ることのできない者にとっては、すべてのことが可能だった。自分のすぐ眼の前で、どんなことが起こっていても、彼には知るよしはないのだ。そして、知らずにいて笑われることが、彼には何よりも苦痛なのだ。