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にかいから

二階から

岡本 綺堂

「木太刀」1915(大正4)年3、7、8、9月、1916(大正5)年1、4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,761 字 · 30 页

青空文庫

若い二人は引分けられた。彼女は男と遠ざかるために、この春のまだ寒い頃に東京へ奉公に出された。その当時既に妊娠していたことを誰も知らなかった。本人自身も心付かなかった。東京へ出て、漸次に月の重なるに随って、彼女は初めて自分の腹の中に動く物のあることを知った。

これを知った時の彼女の悲しい心持はどんなであったろう。彼女は故郷へこのことを書いて遣ったが、両親も兄も返事をくれなかった。帰るにも帰られない彼女は、苦しい胸と大きい腹とを抱えてやはり奉公をつづけていると、盆前になって突然に主人から暇が出た。ただならぬ彼女の身体が主人の眼に着いたのではあるまいか。主人は給金のほかに反物をくれた。

彼女はいよいよ重くなる腹の児を抱えて、再び奉公先を探した。探し当てたのが私の家であった。彼女としては辛くもあったろう、苦しくもあったろう、悲しくもあったろう。気心の知れない新しい主人の家へ来て、一生懸命に働いている間にも、彼女は思うことが沢山あったに相違ない。いくら陰陽がないといっても、主人には見せられぬ涙もあったろう。内所で書いていた長い手紙には、遣瀬ない思いの数々を筆にいわしていたかも知れない。