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にかいから
二階から
岡本 綺堂
「木太刀」1915(大正4)年3、7、8、9月、1916(大正5)年1、4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,761 字 · 30 页
その傍に美しい娘が店を開いていたのであるから、評判になったも無理はない。
おてつの店は明治十八、九年頃まで営業を続けていたかと思う。私の記憶に残っている女主人のおてつは、もう四十位であったらしい。眉を落して歯を染めた小作りの年増であった。聟を貰ったがまた別れたとかいうことで、十一、二の男の児を持っていた。美しい娘も老いて俤が変ったのであろう。私の稚い眼には格別の美人とも見えなかった。店の入口には小さい庭があって、飛石伝いに奥へ這入るようになっていた。門の際には高い八つ手が栽えてあって、その葉かげに腰を屈めておてつが毎朝入口を掃いているのを見た。汁粉と牡丹餅とを売っているのであるが、私が知っている頃には店も甚だ寂れて、汁粉も牡丹餅もあまり旨くはなかったらしい。近所ではあったが、私は滅多に食いに行ったことはなかった。
おてつ牡丹餅の跡へは、万屋という酒屋が移って来て、家屋も全部新築して今日まで繁昌している。おてつ親子は麻布の方へ引越したとか聞いているが、その後の消息は絶えてしまった。
私の貰った茶碗はそのおてつの形見である。O君の阿父さんは近所に住んでいて、昔からおてつの家とは懇意にしていた。