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にかいから

二階から

岡本 綺堂

「木太刀」1915(大正4)年3、7、8、9月、1916(大正5)年1、4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,761 字 · 30 页

青空文庫

維新の当時、おてつ牡丹餅は一時閉店するつもりで、その形見といったような心持で、店の土瓶や茶碗などを知己の人々に分配した。O君の阿父さんも貰った。ところが、何かの都合からおてつは依然その営業をつづけていて、私の知っている頃までやはりおてつ牡丹餅の看板を懸けていたのである。

汁粉屋の茶碗というけれども、さすがに維新前に出来たものだけに、焼も薬も悪くない。平仮名でおてつと大きく書いてある。私は今これを自分の茶碗に遣っている。しかしこの茶碗には幾人の唇が触れたであろう。

今この茶碗で番茶を啜っていると、江戸時代の麹町が湯気の間から蜃気楼のように朦朧と現れて来る。店の八つ手はその頃も青かった。文金島田にやの字の帯を締めた武家の娘が、供の女を連れて徐かに這入って来た。娘の長い袂は八つ手の葉に触れた。娘は奥へ通って、小さい白扇を遣っていた。

この二人の姿が消えると、芝居で観る久松のような丁稚が這入って来た。丁稚は大きい風呂敷包を卸して椽に腰をかけた。どこへか使に行く途中と見える。彼は人に見られるのを恐れるように、なるたけ顔を隠して先ず牡丹餅を食った。それから汁粉を食った。