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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
六
平田もじッと吉里を見ていたが、堪えられなくなッて横を向いた時、仲どんが耳門を開ける音がけたたましく聞えた。平田は足早に家外へ出た。
「平田さん、御機嫌よろしゅう」と、小万とお梅とは口を揃えて声をかけた。
西宮はまた今夜にも来て様子を知らせるからと、吉里へ言葉を残して耳門を出た。
「おい、気をつけてもらおうよ。御祝儀を戴いてるんだぜ。さようなら、御機嫌よろしゅう。どうかまたお近い内に」
車声は走り初めた。耳門はがらがらと閉められた。
この時まで枯木のごとく立ッていた吉里は、小万に顔を見合わせて涙をはらはらと零し、小万が呼びかけた声も耳に入らぬのか、小走りの草履の音をばたばたとさせて、裏梯子から二階の自分の室へ駈け込み、まだ温気のある布団の上に泣き倒れた。
六
万客の垢を宿めて、夏でさえ冷やつく名代部屋の夜具の中は、冬の夜の深けては氷の上に臥るより耐えられぬかも知れぬ。新造の注意か、枕もとには箱火鉢に湯沸しが掛かッて、その傍には一本の徳利と下物の尽きた小皿とを載せた盆がある。裾の方は屏風で囲われ、頭の方の障子の破隙から吹き込む夜風は、油の尽きかかッた行燈の火を煽ッている。