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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
「おお、寒い寒い」と、声も戦いながら入ッて来て、夜具の中へ潜り込み、抱巻の袖に手を通し火鉢を引き寄せて両手を翳したのは、富沢町の古着屋美濃屋善吉と呼ぶ吉里の客である。
年は四十ばかりで、軽からぬ痘痕があッて、口つき鼻つきは尋常であるが、左の眼蓋に眼張のような疵があり、見たところの下品小柄の男である。
善吉が吉里のもとに通い初めたのは一年ばかり前、ちょうど平田が来初めたころのことである。吉里はとかく善吉を冷遇し、終宵まったく顔を見せない時が多かッたくらいだッた。それにも構わず善吉は毎晩のように通い詰め通い透して、この十月ごろから別して足が繁くなり、今月になッてからは毎晩来ていたのである。死金ばかりは使わず、きれるところにはきれもするので、新造や店の者にはいつも笑顔で迎えられていたのであった。
「寒いッたッて、箆棒に寒い晩だ。酒は醒めてしまッたし、これじゃアしようがない。もうなかッたかしら」と、徳利を振ッて見て、「だめだ、だめだ」と、煙管を取り上げて二三吹続けさまに煙草を喫んだ。
「今あすこに立ッていたなア、小万の情夫になッてる西宮だ。一しょにいたのはお梅のようだッた。