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えせものがたり

似而非物語

山本 周五郎

「週刊朝日涼風読物号」朝日新聞出版、1952(昭和27)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,817 字 · 64 页

青空文庫

五

けれども彼は話し好きだったし、相手は眼の前にいた。寝起きも同じ小屋であり、岩風呂は一つしかなかった。いつも相手は鼻の先にいるので、三日めにはついに我を折ってしまった。

――岩に話すと思えばいい。

飯篠老人はそう考えた。話しかけてみれば、杢助もまんざら黙ってばかりはいなかった。ぶあいそうではあるが、ときには返辞もするし、質問することさえもあった。たとえそれがまのぬけた、拍子もないようなものであったにしても、慥かに岩よりはましであった。

「此処はいい、じつにいい」

飯篠老人は必ずそこから話のきっかけをつけた。

「山紫水明、幽邃閑寂、などという通俗なことではない、そこはちょっと適当な形容を思いつかぬが、ともあれ静かで、人情純朴ないいところだ」

五

「残念なのは修業者の来ることだ、わしは世捨て人じゃ、俗世の名利をきれいに捨てて来たのじゃ、山中に身を隠して、誰にも知られず余生を楽しみたい、できれば神仙に化したいと思っておる」

「おら知ってるだよ」

杢助が云った。

「ほかにも似たようなことを云う人に会ったことがあるだよ」

「似たような者、ほう、それは殊勝なことであるな」

「その人はおらに酒を飲ましてくれただ、伏見の城下町のことだっけが」