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なにもの

何者

江戸川 乱歩

「時事新報 夕刊」時事新報社、1929(昭和4)年11月28日~12月29日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,449 字 · 77 页

青空文庫

赤井さんの沈んだ重々しい声が聞えた。今更変なことを云い出したものである。だが、なぜか私は、その声にギョッとして聞耳を立てないではいられなかった。

「信じるも信じないもありません」と弘一君「現場附近に二人の人間しかいなくて、一人が、被害者であったら、他の一人は犯人と答える外ないじゃありませんか。それにハンカチだとかサックだとか、証拠が揃い過ぎているし。併しあなたは、それでもまだ疑わしい点があると御考えなんですか」

「実はね、甲田君がとうとうアリバイを申立てたのですよ、僕はある事情で係りの予審判事と懇意でしてね、世間のまだ知らないことを知っているのです。甲田君はピストルの音を聞いた時、廊下にいたというのも、その前に玄関へ頬を冷しに出たというのも、皆嘘なんだそうです。なぜそんな嘘をついたかというと、あの時甲田君は、泥棒よりももっと恥しいことを――志摩子さんの日記帳を盗み読みしていたからなんです。この申立てはよく辻褄が合っています。ピストルの音で驚いて飛出したから日記帳がそのまま机の上に投り出してあったのです。そうでなければ、日記帳を盗み読んだとすれば、疑われない様に元の抽斗へしまって置くのが当然ですからね。