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ふしゅう

俘囚

海野 十三

「新青年」1934(昭和9)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,938 字 · 31 页

青空文庫

その癖、この三四年こっち、夫は私の肉体に指一本触った事がないのだ。

あたしは、前から持っていた心配を、此処にまた苦く思い出さねばならなかった。

(この調子で行くと、この青年は屹度、私から離れてゆこうとするに違いない!)

きっと離れてゆくだろう。ああ、それこそ大変だ。そうなっては、あたしは生きてゆく力を失ってしまうだろう。松永無くして、私の生活がなんの一日だってあるものか。――こうなっては、最後の切り札を投げるより外に途がない。おお、その最後の切り札!

「ねえ。――」とあたしは彼の身体をひっぱった。「ちょいと耳をお貸しよ」

「?」

「あたしがこれから云うことを聴いて、大きな声を出しちゃいやアよ」

彼は怪訝な顔をして、あたしの方に耳をさしだした。

「いいこと!――」グッと声を落として、彼の耳の穴に吹きこんだ。「あんたのために、あたし、今夜うちの人を殺してしまうわよ!」

「えッ?」

これを聴いた松永は、あたしの腕の中に、ピーンと四肢を強直させた。なんて意気地なしなんだろう、二十七にもなっている癖に……。

邸内は、底知れぬ闇の中に沈んでいた。

(お誂え向きだわ!)今宵は夜もすがら月が無い。