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びぜんめいきゅうでん

備前名弓伝

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1946(昭和21)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 24,649 字 · 50 页

青空文庫

それからしばらくたったある日、光政は居間で朝の書見をしていた。縁外では、弓組の者が例の通り巻藁に向って矢を射る快い絃音が聞えている、光政はそれを聞きながら書物に眼をさらしていたが、ふと小首を傾けて、

「……はて、あの絃音は聞き取れぬが」と呟いた。そこへ来て弓を引くのは、弓組の中でも腕の立つ者二十人を選んである、毎日欠かさず聞いているので、音だけ聞けば大抵は誰だか分る、弓絃の音などそう変るものではなさそうだが、引く者の気質に依って実に変化のあるものだという、強情な者、弱気な者、性急、邪心それぞれその道の者が聞けば絃音によく表われるものだそうである。……光政が小首を傾けたのは、いま聞く絃音がそれまで聞いたことのないものであり、殊にその響の深さ、美しさに驚かされた。

「はて何者であろう」としずかに広縁へ出て見た。広前で弓を射ているのは青地三之丞だった。――見たことのある若者だな。としばらく見守っていたがようやく思いだしたので、あああの雁の吸物かと苦笑をもらしながら、「これ三之丞」と声をかけた。三之丞はしずかに弓を控え、そこに膝をついて平伏した。

「その方はここで初めて見るように思うが、いつから庭へまいっておるか」