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ひかりあういのち

光り合ういのち

倉田 百三

「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页

青空文庫

文学者的気質というものの清さを感得した。この先生は「白帆」の私の文章を大変ほめて下さった。それが私を励ました。この「白帆会」というものは私の学芸の練磨、交友結社の訓練に大きな役目を持ったものだ。私は後にこの会の講演部長を勤め、やがて会長になったのだが、或る時期にはこの会のために生きてるような時もあった。中村憲吉君は卒業するまで一カ月も休まず、この「白帆」に文章を書いた。

私が一年の時日露戦争が始まった。校長小野正治先生は講堂に全員を集めて度々激越な演説をされた。威厳と気魄のある名校長であった。蒙古来の詩吟が得意であった。人格の権威というものを私はこの校長によって教えられた。私は木村岳風の詩吟を聴くと今でもこの校長を思い出す。漢学的な空気のいい型を人品に示していた。

日露戦争のころ健康な人格主義のモラルが思想界にも、文壇にもあった。たとい非戦論を唱えてもその態度にシンセリチーがあって、やはり人格主義の空気の中にあった。文学もローマン的な本流に添っていた。

日本は健かで、正しく、美しかった。

戦争は勝利に終り、村々に凱旋門が立てられた。私たちは通学するにも幾つもの凱旋門をくぐった。