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いりえのほとり
入江のほとり
正宗 白鳥
「太陽」1915(大正4)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,430 字 · 50 页
栄一は自分を憚っている辰男に向ってしいて話をしかける気はなかったが、でもおりおり辰男に対しては神経を凝していた。ランプの下で難解な英字に青春の根気を疲らせている弟の青黒い顔の筋肉の微動をも、襖越しに見透しているように感ずることもあった。しかし自分に親しみを寄せたがっている勝代をば、きわめて淡く見過していた。妹の聞きたがっている東京の女学校や女学生の気風について話をしてやるでもなく、妹の東京行について一口も明らさまに可否の意見を述べなかった。二十未満の女が小説で知っている東京に憧れて、東京の何とかいう英語学校へ入って、学問で身を立てて、一生独身で通すというような乳臭い言いぐさをまじめに聞いて、とやかくと無用な陳腐な意見を述べる気にはなれないのだった。そして、ひそかに、「女の子にまで高等な学問をさせるようになったとすると、家の身代にもだいぶ余裕ができたな」と思った。
大勢炬燵を囲んでいる時、
「わしが初めて東京から帰ってきた年に大病に罹って座敷で寝てると、勝が蚊帳の側へ匐ってきちゃ悪戯をしたり小便を垂れたりして煩くって困ったよ。それが一人で東京へ行くようになったのだから、わしも知らない間に歳を取ったのだね」