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いりえのほとり
入江のほとり
正宗 白鳥
「太陽」1915(大正4)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,430 字 · 50 页
五
才次は渋い顔をして口を噤んだ。
「女子で月給取りになるのも、容易なことじゃあるまい」と、母親は感じのない声で独言のように言った。
皆ながしばらく黙っているところへ、辰男は階子段を軋ませて、のっそり下りてきて炬燵の空いた処へ足を入れた。
「辰さんはテーブルの下へ火鉢を置きなさいな。辰さん一人火の気のない処におっちゃ割に合わんぞな」勝代は今気がついたように言った。
「ランプを点けっ放しにしといちゃ危ないぜ」才次は二階から差してくる灯火を見上げて言った。
五
勝代は腹がチクチク痛みかけると、懐炉だけでは心許なくて、熱湯を注ぎこんだ大きな徳利を夜具の中へ入れて眠ることにしていたが、ある夜、徳利の利目がなくって真夜中ごろにしばらく忘れていた激しい痛みを感じだした。階下へ下りて母親や兄嫁を驚かすのは気の毒であるし、それよりも自分の腸胃のまだ癒っていないことを家の者に知られて、東京行を引止められるかもしれないのが恐ろしくて、腹を圧えて呻きながら我慢していた。が、疼痛は容易に収まらなくって、呻き声は自然に高くなった。
次の室に寝ている辰男の耳にも入った。彼れはふと目を醒まして、それと気がつきながら、妹の様子を見に行こうともせねば、声を掛けもしなかった。