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いりえのほとり

入江のほとり

正宗 白鳥

「太陽」1915(大正4)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,430 字 · 50 页

青空文庫

彼れは他郷から帰省した者のように、今夜は少年時代の自分の姿を闇の中のあちこちに見詰めた。……もっと快活で元気のよかった昔の事が未生前の時代のように心に浮んだ。

冬でも藺の笠を被って浜へ出て、餌を拾って、埠頭場に立ったり幸神潟の岩から岩を伝ったりして、一人ぼっちでよく釣魚をしていた。釣れても釣れなくても、兄弟や近所の友だちと遊ぶよりはおもしろかった。潮が満ちて潟が隠れると衣服を胸までまくし揚げて、陸へ上るので、衣服はいつも潮臭かった。あの時分は川尻に蘆が生えていた。潟からは浅蜊や蜆や蛤がよく獲れて、綺麗な模様をした貝殻も多かった。が、今は入江の魚が減って、岩のあたりで釣魚をしたって、雑魚一匹針にかかってこないらしい。山や海の景色もあの時分は今よりもよほど美しかったように思われる。向いの小島へ落ちる夕日は極楽の光のように空を染めていた。漁夫の身体つきからして昔は巌のようだったり枯木のようだったりしておもしろかった。

お宮の松には梟が棲んでいたのじゃがと、その不気味な鳴声を思いだしながら、暗い梢を見上げていると、その木蔭から一羽の鳥が羽叩きして空を横切っているような気がした。