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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

「出します出します。……御承知かな」

「まず即金、一日分が所」

若侍は手を出した。

「これはお早い、早速のことで」

黒鴨もこれには驚いたらしい。

「が、結構、では十両」

グッと懐中へ手を入れると、チャリン、チャリンと音をさせた。

小判を数えたに相違ない。

手を引き出すと掌の上に、黄金十枚が載っていた。

「遠慮は御無用、さあさあお取り」

「開店祝で、何の遠慮、では確かに」

「あ、しばらく、それにしても、せめて姓名なと! ……」

「拙者姓名は……」と云いかけたが、

(本名宇津木矩之丞と、ほんとに宣っては面白くない)

そこで、

「宇和島鉄之進」と宣った。

「ではこの金を……」

「頂戴いたす。どれ」と小判を掴もうとした途端に、

「こちらへ御士官なされませ!」と、老人の声が聞こえてきた。

「日当二十両出しましょう!」

傍らに立っている平野屋の寮の、その表門の背後から、声は聞こえてきたのである。

「やッ!」と云ったは若侍で、

「しまった!」と叫んだは黒鴨の武士で……

すぐに、ギーと潜戸が開き、またもや老人の声がした。

「お入りなさりませ、御浪人様!」

「オイ」と云ったは黒鴨である。

「どうだどうだ、どっちへ仕える?」