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ばけいちょう
化銀杏
泉 鏡花
「文芸倶楽部」1896(明治29)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,197 字 · 54 页
もせで、死せるがごとき時彦の顔を瞻りしが、俄然、崩折れて、ぶるぶると身震いして、飛着くごとく良人に縋りて、血を吐く一声夜陰を貫き、
「殺します、旦那、私はもう……」
とわッとばかりに泣出しざま、擲たれたらんかのごとく、障子とともに僵れ出でて、衝と行き、勝手許の暗を探りて、渠は得物を手にしたり。
時彦ははじめのごとく顔の半ばに夜具を被ぎ、仰向に寝て天井を眺めたるまま、此方を見向かんともなさずして、いとも静に、冷かに、着物の袖も動かさざりき。
諸君、他日もし北陸に旅行して、ついでありて金沢を過りたまわん時、好事の方々心あらば、通りがかりの市人に就きて、化銀杏の旅店? と問われよ。老となく、少となく、皆直ちに首肯して、その道筋を教え申さむ。すなわち行きて一泊して、就褥の後に御注意あれ。
間広き旅店の客少なく、夜半の鐘声森として、凄風一陣身に染む時、長き廊下の最端に、跫然たる足音あり寂寞を破り近着き来りて、黒きもの颯とうつる障子の外なる幻影の、諸君の寝息を覗うあらむ。その時声を立てられな。もし咳をだにしたまわば、怪しき幻影は直ちに去るべし。忍びて様子をうかがいたまわば、すッと障子をあくると共に、銀杏返の背向に、あとあし下りに入り来りて、諸君の枕辺に近づくべし。