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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
と、それと合奏するように、シャーッ、シャーッという狐の声が、物さびしい夜を物さびしくした。ホイホイホイ、ホイホイホイ、墨堤を走る駕籠であった。
二人はもはや物をいわない。
物をいうことさえ恐れているのだ。
行き詰まった二人の心持ち! しかも生活までも行き詰まっていた。
二人はいつまでも黙っていた。黙っていても不安であった。物をいっても不安であった。いったいどうしたらいいのだろう?
と、浪人はうめくようにいった。
「それにしても俺には解らない。……あんなものが! 馬方が! ふん、あんな馬子の唄が、そうまでお前の心持ちを……」
「魅入られているのでございます」
「魅入られていると? いかにもそうだ! ああそれも、昔からだ!」
「あんな男と思いながら……それも死んでいる人間だのに……一度あの唄が聞こえて来ると、急に心が狂わしくなり、体じゅうの血が煮えかえり……生きている空とてはございません」
女は髪を掻きむしろうとした。
「因果な俺達だ。救いはない」
憐れむような声であった。
ふと、笑い声が聞こえて来た。この場に不似合いな笑い声であった。それを耳にすると二人の心は、一瞬の間晴々しくなった。