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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

ポン、ポン、ポン!

ポン、ポン、ポン!

一音、一音が一つ一つ、冬夜の空間へ印を押すように、鮮やかにクッキリと抜けて響いた。

と、鼓は鳴り止んだ。

二人はホーッと溜息をした。

鼓の鳴り止んだその後は、鳴る前よりも静かになった。鳴る前よりも寂しくなった。

そうして凄くさえ思われた。

二人はビッショリ汗をかいていた。

その凄さ、その寂しさ、その静かさを掻き乱し、「泥棒!」という声のひびいたのは、それから間もなくのことであった。

戸のあく物音、走り廻る足音。「こっちだ」「あっちだ」「逃げた逃げた」詈る声々の湧き上がったのも、それから間もなくのことであった。

「そうか」

と浪人ははじめていった。「噂に高い鼓賊であったか」

「お気の毒に、一閑斎様は、能面でも取られたのでございましょう」

「ふん、それもいいだろう。金持ちの馬鹿道楽、あらいざらい盗まれるがいい」

賊は首尾よく逃げたらしい。

やがて人声もしずまった。

また静寂が返って来た。

サラサラと崩れる雪の音。……

「俺は鼓賊が羨ましい」

呟くと同時に浪人は、刀を提げて立ち上がった。

「どちらへお越しでございます?」