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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

もう一人の武士はこれと異い、年もおおかた三十でもあろうか、面擦れのした赭ら顔、肥えてはいるが贅肉のない、隆々たる筋骨の大丈夫で、その名を平手造酒といった。

ゴロリと畳へ横になると、「どうも退屈で仕方がない。何をやっても退屈だ。実際世の中っていう奴は、こうも退屈なものか知ら」銀之丞はおはこをいうのであった。

「おい観世、また退屈か」造酒はニヤニヤ笑ったが、「何がそんなに退屈かな?」

「何がといって、何もかもさ」

「しかしこの俺の眼から見ると、貴公の退屈は贅沢だぞ」

「なに贅沢? これは聞き物だ」

「まず身分を考えるがいい」

「うん、身分か、能役者よ」

「観世宗家の一族ではないか」

「ああまずそういったところだな」

「観世宗家と来た日には、五流を通じて第一の家柄、楽頭職として大したものだ。柳営お扱いも丁重だ」

襖を開けた商人客

「なんだつまらない、それがどうしたえ」

「聞けば貴公のご親父は、宗家当主の兄君だそうだが?」

「ああそうさ、それがどうしたな」

「宗家と貴公とは伯父甥ではないか」「うん、そうだ、伯父甥だよ」「宗家は病身だということだが」「まず余り永くはないな」「そこで貴公を養子として、楽頭職を継がせるというのが、世間もっぱらの評判だ」