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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
もしこの造酒が打ち込まれたなら、もう外には出る者がない。厭でも周作が出なければならない。
それほどの造酒が定吉の指図で、不思議な田舎者と立ち合おうため、己が席から立ったのであった。場内しいんと静まり返り、しわぶき一つする者のないのは、正に当然な事であろう。そのおかし気な田舎者の態度に、ともすれば笑った門弟達も、今は悉くかたずを呑み、不安の瞳を輝かせていた。
その息苦しい気分の中で、造酒は悠然と道具を着けた。彼の心には今や一つの、成算が湧いていたのであった。「恐ろしいのは一撃だ。そうだはじめの一撃だ。これさえ避ければこっちのものだ」彼は窃かにこう思った。「あせってはいけないあせってはいけない。こっちはあくまで冷静に、水のように澄み返ってやろう。そうして相手をあせらせてやろう。一ときでも二ときでも、ないしは一日でも待ってやろう。つまり二人の根比べだ。根が尽きて気があせり、構えが崩れた一刹那を、一気に勝ちを制してやろう。相手の不思議なあの構えを、突き崩すのが急務である」
やがて道具を着けおわると、別誂えの太く長く、持ち重りのするしないを握り、静かに道場の真ん中へ出た。