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とらわれ
囚われ
豊島 与志雄
「早稲田文学」1915(大正4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,848 字 · 42 页
冷たい空気が彼の熱した額を流れた。それは静かな空虚な夜であった。暗い物の隅々が妙に透し見られた。彼は張りつめたままの気分で長く其処に立ちつくしていた。
その時、がらがらっと物の投り出されるような音がした。孝太郎は駭然として茶の間に走り入った。
颶風のようなものが突然彼の頭に渦巻き去った。彼は息を止めて其処につっ立ってしまった。そして次第にはっきりと室の中の有様が彼の眼に映ってきた。
葡萄酒の壜とグラス盆とが其処に投げ出されていた。だくだくと壜からこぼれた葡萄酒は赤い血のように静に畳の上を滑って流れていた。富子はその前に蒼白な顔をして、それでもじっと坐ったまま室の片隅を見つめている。その上に充血した眼を据えて石のように堅く恒雄はつっ立っている。彼等の間には今にも張り切れそうな緊張した沈黙と反撥とがあった。そして何かがじりじりと圧し潰すように迫ってくるがようであった。
「どうしたんです!」と孝太郎は叫んだ。
その声は急に何かを煽るように響いた。恒雄は肩のあたりをぴくと震わした。孝太郎は自ら自分の声に懼然とした。そして殆んど本能的にこう云った。
「外に出ましょう。