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よっかのあやめ

四日のあやめ

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,200 字 · 38 页

青空文庫

十時ちょっとまわった頃に、矢部六左衛門が訪ねて来た。矢部は二百五十石の山方奉行で、六左衛門は主税介の叔父に当っている。廊下を踏み鳴らすように入って来た六左衛門は、息をきらし、汗をかいていた。

「よかったよかった、よくいてくれた」

五十歳になるこの叔父は、昂奮して咳きこみながら、殆んど主税介の手を握らんばかりにして、「おれはもうでかけたものだと思って九分どおり諦めて来たんだ、よかったよかった」と繰り返し、客間へ入るなり云った。

「水を一杯もらおう、いそいでくれ」

水を取りにゆきながら、千世も心の中で「よかったよかった」と呟いた。たぶん籠崎大洲の事がわかったのに違いない、もう良人が誘い出されるようなことはないだろう、と思った。

「どうなすったのです、なにごとですか」

「なにごとですって」六左衛門は水を飲み終って云った、「ではなにも知らないんだな、うんそうだろう、知っていればでかけた筈だからな、もう一杯くれ」空になった天目を千世に渡して続けた。「おれは話を聞いてすぐに此処へ駆けつけたから、大洲のもようは知らないが、馬廻りと徒士組とが、ついに衝突してえらい騒ぎが起こったのだ」