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よっかのあやめ
四日のあやめ
山本 周五郎
「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年7月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,200 字 · 38 页
二
そのむっとするような濃厚な躰臭が彼女のからだにまだなまなまと残っているあけがたの記憶をよびさましたのである。千世は赤くなりながら、さりげないふうに良人を見あげた。
二
主税介は背丈が五尺九寸、筋肉質の、ひき緊ったみごとな躯である。手足にも胸にも逞しく毛が生えているし、髭もずいぶん濃い。一日でも剃刀を当てないと、両頬の上のほうまで黒くなるのであった。
千世は良人から眼をはなすことができなかった。洗面をし、剃刀を使うあいだ、側に付ききりで良人を見ていた。
――これがあたしの良人だ。
千世は心の中でそう繰り返した。あたしはこの人の妻だ、この人はあたしの良人だ、あたし一人の良人だ、あたしだけの、……彼女はむきになってそう繰り返した。もちろんそれが全部ではない、籠崎大洲のことが絶えず頭にあった。また迎えが来はしないかと恐れ、物音のするたびにぎくりとした。決闘がどうなっているかはもっと気懸りで、また、良人をそこへやらなかったことに安堵しながら、同時にそれが悪いことでもしたような心の咎めを感じた。これらの不安定な苛立たしい思いのなかで、彼女は激しく主税介にひきつけられ、いきなりふるいつきたいという、官能的な衝動を抑えるのに苦しんでいた。