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よっかのあやめ

四日のあやめ

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,200 字 · 38 页

青空文庫

――明朝六時、籠崎大洲で待つ。

そういう口上であった。それでもまだこっちは五人、相手は四人でやるつもりだった。ところが午前四時をまわってから、徒士組では三十余人集まったということがわかり、こちらでもすぐに手分けをして人を集めた。それは(人を集めたことは)深松伊織が本家の深松伴六に知らせ、伴六の主張で定ったのだという。馬廻りは二十七人、徒士組は三十一人、その中に一刀流師範の通次多仲がいた。

死者は馬廻りのほうに多く出た。

唐沢辰之助 即死

土田久太夫 即死

村野大作 重傷後死去

坂島伊兵衛 重傷後死去

他に深松伊織ほか三人の重傷者と、羽形与茂八ほか十四人の軽傷者があった。

徒士組には即死者はなく、重傷後の死者が二人、重傷者が五人、軽傷者が十七人ということである。この差は徒士組に通次多仲がいたためで、唐沢以下四人の死者は、みな多仲の手にかかったもののようであった。

双方とも死者はその家族に引取らせた。あとは馬廻りの者を鈴木弥市右衛門、拝郷源左衛門の二家へ。また徒士組の者は大林寺と、高楷又十郎、水野主膳の三家へと、それぞれ預けられた。もちろん面接は絶対禁止で、その家族は居宅謹慎。